甫母浦(読み)ほぼうら

日本歴史地名大系 「甫母浦」の解説

甫母浦
ほぼうら

[現在地名]熊野市甫母町

須野(すの)浦の西、二木島(にぎしま)湾の北奥にある。「紀伊続風土記」に「二木嶋の湊内にして更に一小海湾をなして農漁相交はる、村名甫母はほゝまる義にして(中略)湾曲の内なるより其名起れるなり」とある。慶長六年(一六〇一)の検地帳(徳川林政史蔵)に二木島浦・二木島里(にぎしまさと)浦と当村を併せて二喜嶋(にぎしま)村として把握されている。江戸時代初期木本組に属する。

二喜嶋村より分離の年代は明らかでないが、寛文八年(一六六八)には甫母浦の新田検地が行われた(「木之本組甫母浦新田改帳」徳川林政史蔵)。新田検地は元禄一〇年(一六九七)・享保三年(一七一八)・同四年・同一六年・同一八年にも行われた(「奥熊野甫母浦新田検地帳」徳川林政史蔵など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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