新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「田中六助」の解説
田中 六助
タナカ ロクスケ
- 肩書
- 衆院議員(自民党),元・自民党幹事長
- 生年月日
- 大正12年1月23日
- 出生地
- 福岡県田川郡赤池町
- 学歴
- 早稲田大学政経学部〔昭和24年〕卒業
- 経歴
- 戦時中は海軍飛行予備学生。昭和24年に日本経済新聞社に入社。ロンドン支局長、政治部次長を務めたあと、池田元首相の勧めで政界に入る。福岡4区から38年以来連続8回当選。大平内閣の官房長官、鈴木内閣の通産相のあと党副幹事長2期、58年10月から幹事長を務めた。この間、鈴木内閣誕生の際は党内各派をとりまとめ、57年の中曽根内閣発足にも鈴木、田中、中曽根三派体制づくりで貢献したほか、後に新自由クラブとの連立を成功させている。また“地獄耳の六さん”といわれるほど情報収集力と行動力には定評があったが、同じ鈴木派の宮沢喜一とはしばしば対立し“一・六戦争”と評された。
- 没年月日
- 昭和60年1月31日
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報