大平内閣(読み)おおひらないかく(英語表記)Ohira Administration

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「大平内閣」の解説

大平内閣
おおひらないかく
Ohira Administration

1978年 11月の自民党総裁選挙で,現職の福田赳夫を破り当選した大平正芳は 12月7日に首班に指名された。大平内閣は与野党伯仲国会で苦しい運営を強いられた。しかし 79年春の統一地方選挙では自民党の復調傾向が現れ,それを受け大平首相は 79年9月に衆議院を解散したが,総選挙で自民党は再び公認候補で過半数を割るという敗北を喫した。この責任をめぐり自民党内では「40日抗争」といわれる派閥争いが展開されたほか,80年5月には自民党非主流派の欠席のため内閣不信任案が成立するという異例の事態が発生した。大平首相は直ちに衆議院を解散し,初の衆参同日選挙が実施されたが,選挙運動期間のさなかに不帰の客となった。しかし同日選挙で自民党は大勝を収め,70年代後半以来の保守復調が総選挙で明確になった。大平内閣は,外交政策ではアメリカを同盟国と呼ぶなど西側陣営の一員としての日本の立場を明確にし,ソ連のアフガン侵攻に対しても積極的にアメリカの政策を支援する態度をとった。内政では赤字国債の累積に危機感を抱き,79年秋の解散直前の臨時国会では,一般消費税導入の必要性を強調した。しかし選挙戦では与党候補者も増税反対を唱える状況となり,自民党は手痛い打撃を受けた。

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