田場村(読み)たーばむら

日本歴史地名大系 「田場村」の解説

田場村
たーばむら

[現在地名]具志川市田場(たば)・みどり町(まち)二―四丁目・赤野(あかの)・平良川(たいらがわ)

具志川(ぐしちやー)村の北にあり、北は天願(てんがん)川を隔てて宇堅(うきん)村、東は金武(きん)湾に面する。天願川下流の低地は稲作が盛んなところで、地名もその田所に由来するともいわれるが明らかでない。絵図郷村帳では「たば村」とみえる。琉球国高究帳には「田波村」と記され、高頭九二九石余、うち田二四四石余(うち永代荒地二一石余)・畠六八五石余。初め村は現在の集落南側の地荒原(ちあらばる)の高台にある拝所(ビジュル)付近にあったが、水の便が悪かったので水の豊富な御願の前原(めーばる)に移動した。しかし火災が頻発し被害が続出したため、再び現在地に移動してきたといわれる(具志川市誌)。「琉球国由来記」にはタカラ嶽(二御前)・カミチヤ嶽・田場巫火神・根トクノ殿の拝所が記され、田場ノロが管轄していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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