田尻城跡(読み)たじりじようあと

日本歴史地名大系 「田尻城跡」の解説

田尻城跡
たじりじようあと

[現在地名]高田町田尻

当地にあった中世の国人領主田尻氏の城。「南筑明覧」に「田尻村飛塚城、田尻家代々居城也、当城水少而居城難叶、故永禄年中移鷹尾城」とある。だが田尻城のことは中世の史資料にはみえず、したがって飛塚(とびづか)城と称した徴証もない。鷹尾(たかお)城(現大和町)への移転については、天文一七年(一五四八)と推定される年未詳九月三日の田尻伯耆守(親種)宛の大友義鑑書状(田尻家文書/佐賀県史料集成七)に「就近年覚悟之要害水手相損候、至領内高尾、可被取移之由候、肝要候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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