町打場(読み)ちようちば

日本歴史地名大系 「町打場」の解説

町打場
ちようちば

[現在地名]福知山市字土師

土師はぜの小字うえだんの上、長田野おさだのの西端辺りをいい、そこより南方約一キロの江戸えどさか路傍に高さ約二メートル、幅九〇センチもある自然石の石碑があった。「丹波志」天田郡古跡の部に「町打場 民家ヨリ東ニ当、十間斗高所ニ塚有、松一株ヲ植エ、一本松ト唱、同村絵堂坂えとうかさか中ニ石碑有」とある。碑文は次のごとくである。

<資料は省略されています>

万治年間(一六五八―六一)に藩の鉄砲師牧氏が関流の砲術を指南した記録があるが、当地で大筒を鋳造して、広い長田野でその試射を行ったのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む