町田曲江(読み)マチダ キョクコウ

20世紀日本人名事典 「町田曲江」の解説

町田 曲江
マチダ キョクコウ

明治〜昭和期の日本画家



生年
明治12(1879)年3月3日

没年
昭和42(1967)年6月5日

出身地
長野県

本名
町田 春之助

経歴
京都で南画家内海吉堂に師事。明治40年上京、寺崎広業入門、白馬会研究所で油絵黒田清輝に学んだ。同年東京勧業博覧会で「仏陀の光」が1等金牌、また第1回文展「悲報に接したる仏徒の歩み」が3等賞受賞。43〜大正2年欧州留学、帰国後官展へ出品。戦後日本画院同人、信濃美術会会長を務めた。他に「三大門」「若き鹿と孔雀」「哀愍」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「町田曲江」の解説

町田曲江 まちだ-きょくこう

1879-1967 明治-昭和時代の日本画家。
明治12年3月3日生まれ。京都で文人画家内海吉堂にまなび,のち寺崎広業の門にはいり,白馬会洋画研究所で黒田清輝に油絵をまなぶ。戦後日本画院同人となり,信濃(しなの)美術会会長などをつとめた。美術史家町田甲一の父。昭和42年6月5日死去。88歳。長野県出身。本名は春之助。作品に「仏陀(ぶっだ)の光」「三大門」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む