町田郷校跡(読み)まちだごうこうあと

日本歴史地名大系 「町田郷校跡」の解説

町田郷校跡
まちだごうこうあと

[現在地名]水府村町田 台

天下野(けがの)街道の西高台、水府中学校の敷地内にあり、街道の通行を一望できる要害の地に位置する。水戸藩に設けられた文武の実践的教場の一つで、昭和四四年(一九六九)に中学校が建設されるまでは文武館(ぶんぶかん)跡・御館(おかん)跡とよばれた。

安政二年(一八五五)の町田村文武館御用留(水府村役場蔵)の絵図によると、同三年の建設前には南側に二列の城塁が残っていたことが知られ、郷校設置に当たってこれが巧みに利用された。同年八月には本館ばかりでなく武場・矢場(射撃場)も完成をみ、同月開館式を挙げた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む