畑田廃寺(読み)はたけだはいじ

日本歴史地名大系 「畑田廃寺」の解説

畑田廃寺
はたけだはいじ

[現在地名]愛知川町畑田 三大寺・西ノ鳥居

愛知えち川中流域右岸の標高約一二〇メートルの平野にある。昭和五三年(一九七八)発掘調査が行われたが、寺域の一部にとどまった。金堂跡と考えられる基壇跡が確認され、その北方で規格性をもつ多数の掘立柱建物・鍛冶工房跡などが検出された。また寺域の東外側で七世紀の掘立柱建物を含む竪穴住居跡群が認められ、当寺と密接な集落跡と考えられる。寺域は方二町の規模と想定される。創建は七世紀末で、平安時代前期まで存続したことが出土瓦より知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む