疋間村(読み)ひきまむら

日本歴史地名大系 「疋間村」の解説

疋間村
ひきまむら

[現在地名]群馬町後疋間(うしろびきま)

後引間村(郡村誌)ともいう。四周を引間村に囲まれる。東は同村との入会地、西から南は同村と染谷(そめや)川をもって境し、北は同村字村北(むらきた)と境する。四方平坦。字村北国府(むらきたこくぶ)で縄文中―後期の土器や土器破片、石鏃などが出土した。寛文郷帳では田方六石余・畑方九四石余、三河中島藩領。江戸後期の御改革組合村高帳では沼田藩領で家数一八。明治一〇年(一八七七)頃の家数二二(うち社一)・人数九二、牡馬二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む