疋間村(読み)ひきまむら

日本歴史地名大系 「疋間村」の解説

疋間村
ひきまむら

[現在地名]群馬町後疋間うしろびきま

引間村(郡村誌)ともいう。四周を引間村に囲まれる。東は同村との入会地、西から南は同村と染谷そめや川をもって境し、北は同村字村北むらきたと境する。四方平坦。字村北国府むらきたこくぶで縄文中―後期の土器や土器破片、石鏃などが出土した。寛文郷帳では田方六石余・畑方九四石余、三河中島藩領。江戸後期の御改革組合村高帳では沼田藩領で家数一八。明治一〇年(一八七七)頃の家数二二(うち社一)・人数九二、牡馬二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む