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白井織部 しらい おりべ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

白井織部 しらい-おりべ

1820-1865 幕末の武士。
文政3年1月3日生まれ。常陸(ひたち)水戸藩士。藩主徳川斉昭(なりあき)のもとで藩政改革につとめ,安政5年家老にすすむ。同年水戸藩に攘夷(じょうい)の密勅がくだると,返納を主張。元治(げんじ)元年市川三左衛門ら諸生派の台頭により投獄され,慶応元年6月21日獄死した。46歳。名は久胤。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

白井織部

没年:慶応1.6.21(1865.8.12)
生年:文政3.1.3(1820.2.16)
幕末水戸藩の家老。父は之胤,母は門奈直章の娘,水戸生まれ。名は久胤。天保6(1835)年家督を継ぎ,嘉永4(1851)年から執政に進み,徳川斉昭に従って,藩政を掌握し,安政の藩政改革を推進する。安政5(1858)年家老となるが,水戸藩に下った攘夷の勅諚をめぐり,それを朝廷へ返納すべきことを主張した。万延1(1860)年伊豆守に叙任。文久1(1861)年,加増されて800石となる。翌年,尊攘激派の台頭により,尊攘鎮派に属した織部は謹慎させられた。さらに元治1(1864)年市川三左衛門ら諸生派が勢力をにぎると,官位を奪われたうえ投獄され,水戸で獄死した。<参考文献>『贈位諸賢伝』上

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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