白須山村(読み)しらすやまむら

日本歴史地名大系 「白須山村」の解説

白須山村
しらすやまむら

[現在地名]柿木村白谷しらたに

柿木村の北、吉賀よしが川のほとりと支流大井谷おおいだに川・杉山谷すぎやまだに川流域の村。しまはら・白谷・井手いではら杉山の四集落がある。吉賀川に沿って日原にちはら(現日原町)へ通じる往還がある。明治四年(一八七一)の万手鑑では古高一五九石余、寛永一四年(一六三七)の検地高二〇四石余、明治四年の総高二三七石余・反別四二町四反余、家数三九(本百姓三六・小百姓一・社家一・医師一)・人数一六四、牛三三、竜中山三嶋りゆうちゆうざんみしま神社、紙漉舟三一、鉄砲一一、御立山一(本隘)。同八年大井谷村と合併して白谷村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む