百家村(読み)はつけむら

日本歴史地名大系 「百家村」の解説

百家村
はつけむら

[現在地名]豊里町百家

高野こうや村の南、東谷田ひがしやた川の西岸台地上の街村。慶長八年(一六〇三)旗本菅谷範政の知行地、元禄一一年(一六九八)谷田部藩細川氏領と旗本酒井・倉橋・桑山三氏との四給支配となり廃藩置県に及んだ。同年の田畑名寄帳(大里家文書)によれば田一六町九反五畝一四歩・畑二七町二反九畝二六歩。「各村旧高簿」によると幕末には谷田部藩領一〇二・八九三七石、桑山弁吉・酒井岩五郎・倉橋三左衛門の知行地各九四・〇四六四石、観音寺領五石、地蔵院除地〇・八八五石となっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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