百済善光(読み)くだらの ぜんこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「百済善光」の解説

百済善光 くだらの-ぜんこう

?-? 百済(朝鮮)の義慈王王子
舒明(じょめい)天皇3年(631)兄の余豊璋(よ-ほうしょう)とともに人質として来日。百済の滅亡後もとどまり,難波(大阪)に定住する。晩年に正広肆(しょうこうし)の官位,百済王(こきし)の氏姓をあたえられ,食封(じきふ)100戸を加増された。持統天皇7年(693)1月正広参がおくられており,その直前に死亡か。本姓は余。名は禅広とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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