百済教徳(読み)くだらの きょうとく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「百済教徳」の解説

百済教徳 くだらの-きょうとく

?-822 奈良-平安時代前期の官吏
百済貞香(じょうきょう)の父。延暦(えんりゃく)7年(788)右兵庫頭(うひょうごのかみ)となる。宮内大輔(くないのたいふ),治部(じぶの)大輔などをつとめた。弘仁(こうにん)7年嵯峨(さが)天皇の摂津水生野(みなせの)(大阪府島本町水無瀬(みなせ))の遊猟に供をし,従四位上にすすむ。のち刑部卿(ぎょうぶきょう)。延暦5年に叙爵された百済孝徳(きょうとく)と同一人ともみられる。弘仁13年10月17日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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