皇帝とガリラヤ人(読み)こうていとがりらやびと(その他表記)Kejser og Galilæer

日本大百科全書(ニッポニカ) 「皇帝とガリラヤ人」の意味・わかりやすい解説

皇帝とガリラヤ人
こうていとがりらやびと
Kejser og Galilæer

ノルウェーの劇作家イプセンの歴史劇。1873年刊。イプセン最長の労作で、1864年にローマに赴いた直後から着想されたが、『ブラン』『ペール・ギュント』などを間に挟んで、ほぼ10年を費やしてドイツのドレスデン滞在中に完成。イプセンが自己の代表作と久しく考えていた2部からなる大作で、「世界史劇」と副題されている。

 第1部「シーザーの背教」(このシーザーは有名なローマ初期のシーザーではなく、作中の主人公ユリアヌス)、第2部「皇帝ユリアヌス」。ユリアヌス(ジュリアン)は、熱心なクリスチャンとして知られるコンスタンティヌス大帝の甥(おい)だが、父が帝に殺されたことや生来学問好きでギリシア思想に傾倒したことから、大帝に深く信望され、のちにはその娘をめとらせられながら、心から打ち解けることができない。そんな彼がエフェソスの神秘家マキシモスの思想に深く動かされる。人間は最初は楽園にあって知恵の実を味わいつつ肉の世界に住んでいたが、ついで十字架上に死んだイエスの霊の国を求めるようになった、しかしいまは霊肉一致の第三の帝国がきたるべきだというのである。彼は大帝に命じられてガリア討伐に行き大功をたてるが、彼の勢力が強力になるのを恐れた帝はこれを失脚させようとする。彼は部下の兵士らに擁されて帝に反旗を翻し、ついに帝位につく。完全にローマ帝国を掌握してキリスト教を廃し、自己の理想とする第三帝国を実現しようとするが、彼の復活させたギリシアの祭典は、いたずらに放縦で彼を満足させない。キリスト教徒ペルシア人の反抗が続き、信頼した部将までがキリスト教に改宗する。彼はアレクサンドロス大王のように世界を征服しようとしてペルシアに軍を進めるが、激戦のなかでキリスト教徒の兵士の槍(やり)に貫かれて死ぬ。「ガリラヤびと(イエス)よ、汝(なんじ)は勝った」「地上の美しき生活よ、おおヘリオス、なぜに汝は余を裏切ったか」がその最期の叫びであった。

 イプセンはこの劇によって自己の思想的立場を確立、霊肉合致の第三帝国の実現を中心観念として、そこに後期の作品が展開してくるとされる。しかしこの作の経過をみても、そう簡単に割り切れるとは思えない。

[山室 静]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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