益城国府跡(読み)ましきこくふあと

日本歴史地名大系 「益城国府跡」の解説

益城国府跡
ましきこくふあと

和名抄益城郡の下に「万志岐」と和訓を付し、その左に「国府」と列記している。この記事は従来誤記とされてきたが(事蹟通考)、城南町一帯が精査され、白鳳期の創建とみられる陳内じんない廃寺跡の東方のまいばら台地南縁が肥後国府に比定された(城南町史)。標高約三〇メートルの低台地で、西側に浜戸はまど川の貫流する城南町の低地を一望することができる。発掘の結果、基壇とみられる遺構を検出したが、規模については不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む