目車町(読み)めぐるまちよう

日本歴史地名大系 「目車町」の解説

目車町
めぐるまちよう

[現在地名]館林市栄町(さかえちよう)・仲町(なかまち)

館林城下南西端に位置し、東は新紺屋(しんこんや)町、北は木挽(こびき)町へ続く。南西端に城外小泉(こいずみ)(現邑楽郡大泉町)へ通じる小泉口門があった。慶長二年(一五九七)日光脇往還が新設される以前は、武蔵国方面より館林城下に入る唯一の道路である小田原(おだわら)街道(現県道藤岡―館林線)が東西に縦貫していた。町名の起源はメム・クル・マという沼の陰にある入江を意味するアイヌ語とする説もあるが、湿地帯のため直線に進むことができず、巡り巡って行かなければ目的地に達しないという迂回路の意味から生じたともされる。延宝二年(一六七四)の城下町図に町名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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