看々踊(読み)かんかんおどり

日本大百科全書(ニッポニカ) 「看々踊」の意味・わかりやすい解説

看々踊
かんかんおどり

唐人(とうじん)踊ともいい、中国の清楽(しんがく)の「看々兮(かんかんえー)」と歌い始める『九連環(きゅうれんかん)』から出たものという。江戸時代、まず長崎で唐人によって行われて流行した。1820年(文政3)4月、大坂・堀江の荒木座で、清国人の扮装(ふんそう)で鉄鼓(てっこ)、胡弓(こきゅう)、蛇皮線(じゃびせん)、太鼓の囃子(はやし)にあわせて「かんかんのうきうのれんす、きうはきうれんす」と歌いながら踊る興行が大当りをとった。この踊りの次に大蛇の作り物を使って蛇(じゃ)踊りをする所もあった。看々踊の興行は江戸でもたびたび行われ、辻(つじ)商人や飴(あめ)売りなどが唐人の扮装をし、子供に至るまでまねて歌い歩くほど大流行した。江戸では1822年(文政5)2月に禁止令が出たが実行されなかったらしく、明治時代まで続いた。

[渡辺伸夫]

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