矢多田村(読み)やただむら

日本歴史地名大系 「矢多田村」の解説

矢多田村
やただむら

[現在地名]上下町矢多田

芦田あしだ川の支流矢多田川とその枝流域に位置し、北は井永いなが佐倉さくら西南は世羅郡松崎まつざきの各村に接する。永万二年(一一六六)に立荘された世羅郡大田おおた庄の四至を記した立券文書(高野山文書)に「東限矢田堺」とある矢田が矢多田のことと推定されるが確証はない。矢多田としては文禄三年(一五九四)九月三日付の毛利輝元の林志摩守元善への知行宛行状(「閥閲録」所収林平八家文書)に「同郡(甲双郡)計増矢多田村百九拾九石」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む