矢掛宿脇本陣(読み)やかげしゆくわきほんじん

日本歴史地名大系 「矢掛宿脇本陣」の解説

矢掛宿脇本陣
やかげしゆくわきほんじん

矢掛宿では特定の世襲の脇本陣はなく、寛政期(一七八九―一八〇一)までは大名により利用する町家が定まっていたようであるが、天保期(一八三〇―四四)以降は宿内で一、二軒に固定された(「下宿帳」石井文書)。脇本陣に指定されたのは綿屋・川面屋・銑屋・たばこ屋など本陣(中町西部)周辺の町家が多く、休憩のみの場合は利用されなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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