矢来町(読み)やらいまち

日本歴史地名大系 「矢来町」の解説

矢来町
やらいまち

[現在地名]米沢市矢来二―三丁目・直江町(なおえちよう)

御廟(ごびよう)町の西に続く下級家臣屋敷町。東西の道に沿う両側町。西は館山一(たてやまいち)ノ坂(さか)町に接する。享保一〇年(一七二五)の城下書上によれば町の長さ一〇町一六間・道幅四間・屋敷数一七二。弘化三年(一八四六)の屋敷割帳では屋敷数一〇八・寺一・空屋敷三。当町の一人半扶持の下級藩士であった町田八之丞真乗は、縮役場に勤務の副業として織物業に従事していた。藩命で京都に行った折、絹織の製法を修得、米沢で透綾と称される絹織物を家中に広めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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