石黒済庵(読み)いしぐろ さいあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石黒済庵」の解説

石黒済庵 いしぐろ-さいあん

1787-1836 江戸時代後期の医師,本草家。
天明7年生まれ。家は代々尾張(おわり)名古屋藩医。奥医師にすすむ。文政4年名古屋ではじめて死体解剖をおこなう。水谷豊文(とよぶみ)らと名古屋の本草学会「嘗百(しょうひゃく)社」を結成天保(てんぽう)6年伊藤圭介らと本草会をひらき,「乙未(いつび)本草会物品目録」を刊行した。天保7年5月2日死去。50歳。名は正(政)敏。別号に富春堂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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