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水谷豊文 みずたに とよぶみ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

水谷豊文 みずたに-とよぶみ

1779-1833 江戸時代後期の本草家。
安永8年4月19日生まれ。尾張(おわり)名古屋藩士。浅野春道,小野蘭山にまなび,藩の薬園御用をつとめた。文政9年(1826)江戸参府途中のP.F.シーボルトと熱田で面談。本草研究の嘗百(しょうひゃく)社を主宰した。天保(てんぽう)4年3月20日死去。55歳。字(あざな)は伯献。通称は助六。号は鉤致堂。編著に「物品識名」,著作に「本艸綱目記聞」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

水谷豊文
みずたにほうぶん
(1779―1833)

江戸後期の本草(ほんぞう)学者。名古屋の生まれ。通称助六。尾張(おわり)藩士の父の感化で本草に親しみ、小野蘭山(らんざん)に師事。藩の薬園御用となり諸国に採薬し、栽培に従事。自家薬園には研究と写生用に2000種を育成した。写生図に初めてリンネの学名を付記。1809年(文化6)4000種の本草の和漢名を対照した『物品識名』2冊を刊行、好評を博し、1825年『同拾遺』2冊を続刊。参府途中のシーボルトを、門人の伊藤圭介(けいすけ)らと熱田に迎え、自らの画集を披露した。本草研究の「尾張嘗百社」を主宰して、尾張学派を形成した。また新種を発見、その一つは圭介の孫の伊藤篤太郎(1866―1941)がMizutania japonica Ito(1890)と命名した。『本草綱目紀聞』60冊ほか、未刊の著述が多数ある。[根本曽代子]

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