砂子町(読み)いさごまち

日本歴史地名大系 「砂子町」の解説

砂子町
いさごまち

[現在地名]川崎区砂子一―二丁目・宮前(みやまえ)町・東田(ひがしだ)町・新川通(しんかわどおり)・榎(えのき)町・駅前本(えきまえほん)町・古川通(ふるかわどおり)・日進(につしん)町

東海道川崎宿を構成する四町の一つで、東北は新宿(しんしゆく)町、北西は南河原(みなみかわら)村(現幸区)に接する。南の小土呂(こどろ)町とともに上(かみ)町を構成し、地方三役を勤めた。田園簿に「川崎砂子村」とある。町名は「風土記稿」および大田南畝の「向岡閑話」に、延暦六年(七八七)町内宗三(そうさん)寺本尊薬師如来が海中より出現し、在所の者が砂子をかきよせ安置したことによると伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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