砂谷村(読み)いさごだにむら

日本歴史地名大系 「砂谷村」の解説

砂谷村
いさごだにむら

[現在地名]鶴岡市砂谷

大山川上流部の支流砂谷川上流にある。母狩ほかり山の西麓に位置し、東は長滝ながたき村。村名は往古砂金がとれたことにちなむと伝えられる(田川村史)。砂子谷とも記される。文治年中(一一八五―九〇)、加賀国安宅あたかの関守富樫左衛門尉が従者とともに源義経の後を追い、田川氏を頼って当地に隠遁し開発主となったと伝えられる(「砂谷福重寺縁起」福重寺文書)。「筆濃余理」はまた当地内にあったという砂谷館は富樫氏の屋敷跡であるとして、空堀をめぐらした館跡が残ると記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む