神原町(読み)かみはらちよう

日本歴史地名大系 「神原町」の解説

神原町
かみはらちよう

[現在地名]八幡市八幡〈神原・河原崎〉

南北に通る大道(おおみち)沿いの馬場(ばば)町の南にある。北端の知善(ちぜん)寺門前より志水(しみず)町入口の走上(はしあが)りまでの一四〇間半の両側町並(八幡宮境内古図「石清水八幡宮史料叢書」所収)。町の東辺を河原崎(かわらざき)という。神原を「かはら」「かわら」とも読み、その先の意で河原崎というと伝える。慶長五年指出帳(「石清水八幡宮史」所引)の神原与介分指出にはすべて「かわら」「かはら」と仮名書がある。

神原町域は社士神原氏の所領が大きい。とくに天正一二年(一五八四)豊臣秀吉に対して出した「天正十二年けんちノ時帳」(「石清水八幡宮史」所引)にみえる惣高四六六・三一一石は、慶長五年指出帳に記す神原与介分と合致する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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