志水町
しみずちよう
南北に通る大道沿いの南部にあたり、正法寺を中心に形成された町並。神原町との境界走上りを北端とし、走上りより三三七間で南端の立石に至る(八幡宮境内古図「石清水八幡宮史料叢書」所収)。大道沿いの町に対する東西の横町が多い。走上りから西の興正谷へ入る谷川筋、走上りの南から西の新善法寺家門前までの横町、町の中ほどにある正法寺惣門前を東へ入った道の北側は田中町、南側は裏町と小路口の横町、正法寺惣門より二〇間ほど南を西へ入ると奥垣内、同じく東へ入ると勘解由垣内、奥垣内入口の南を西へ入ると柏木町、さらに大道南の東方に東村、その南側を東へ入ると藪ノ中、東村の南側を西へ交野天神社へ通ずる道沿いに田町がある。
志水町
しみずちよう
[現在地名]北区清水二丁目、東区白壁二丁目・同三丁目
名古屋城下より犬山街道(稲置街道・小牧街道・木曾街道とも)への出口でもあり志水口ともよばれた。「府城志」によれば、町の成立は慶長年間(一五九六―一六一五)の名古屋遷府の際、名古屋村の本郷よりこの地に人々が移り住んだことによるという。近くに清水があり「古しへより名水にして、百日の日照にても水のかはく事なし。此水あるゆへに、このほとりの地名を志水と号す」という(金鱗九十九之塵)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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