神吉城跡(読み)かんきじようあと

日本歴史地名大系 「神吉城跡」の解説

神吉城跡
かんきじようあと

[現在地名]加古川市東神吉町神吉

加古川西岸の河岸段丘上に築かれた中世の城跡。神吉集落の中央に位置する常楽(じようらく)寺が城の中心であったと推定されている。三木合戦では三木城の支城であったが(別所長治記)、中道子山(ちゆうどうしさん)城の枝城ともいわれる(「光明寺由緒覚書写別筆追加」光明寺文書)。神吉備前守が築城したとされる(赤松家播備作城記)。神吉氏については、天文七年(一五三八)に神吉伊賀の名がみえる(同年九月三〇日「赤松氏奉行人連署奉書案」広峯文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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