神感寺跡(読み)しんかんじあと

日本歴史地名大系 「神感寺跡」の解説

神感寺跡
しんかんじあと

[現在地名]東大阪市上四条町

くらがり峠の南西約一キロ、標高四六〇メートルの山腹にある寺跡。寺山てらやまの字が残り古くから寺跡として知られてきたが、大正一二年(一九二三)頃「神感寺大門瓦文永十年癸酉二二月上三日」の文字を記した瓦が採集され、神感寺とよばれた寺であったことが明らかとなった。昭和三九年(一九六四)・同四〇年の二次にわたって発掘調査が実施され、寺域は東西五〇〇メートル・南北六〇〇メートルに及び、寺跡のほぼ中央を東西・南北に横切る道によって四つの区域に分れていることが判明した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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