神於おぐら谷遺跡(読み)こうのおぐらだにいせき

日本歴史地名大系 「神於おぐら谷遺跡」の解説

神於おぐら谷遺跡
こうのおぐらだにいせき

[現在地名]岸和田市神於町

神於山の北東斜面、おぐら谷に位置する銅鐸出土遺跡。明治二五年(一八九二)一月発見され、現在京都大学に所蔵されている。詳細は不明であるが当時の記録によれば、地下約二尺(約六〇センチ)に横に倒れて埋まっていたという。この銅鐸は外縁付鈕流水文式に分類され、神戸市なださくらおか町出土銅鐸第二号流水文銅鐸同笵をなす。鐸身の底径は長径二二・四センチ、短径一六・三センチ、舞の両肩から身の裾と鰭裾との接点までの高さは右三一センチ、左三〇・三センチで、両者は不均衡である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む