神田平永町(読み)かんだひらながちよう

日本歴史地名大系 「神田平永町」の解説

神田平永町
かんだひらながちよう

[現在地名]千代田区神田須田町かんだすだちよう二丁目

神田小柳かんだこやなぎ町二丁目の北に位置する町で、東中之ひがしなかの橋から北に向かう道筋に沿った両側町。西は同二―三丁目、北は神田柳原かんだやなぎはら請負地。明暦三年(一六五七)の新添江戸之図では誓願せいがん寺の寺内。寛永江戸図でも同様で、寛文新板江戸絵図では土井大炊頭利重(下総古河藩)拝領している。沿革図書によると、延宝年間(一六七三―八一)も土井氏が拝領。元禄一一年(一六九八)御用地となった下谷車坂くるまざか(現台東区)の代地の一所(御府内備考)。同じ頃の絵図では東部に平永町が成立している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む