禅昌寺山古墳(読み)ぜんしようじやまこふん

日本歴史地名大系 「禅昌寺山古墳」の解説

禅昌寺山古墳
ぜんしようじやまこふん

[現在地名]佐原市大戸川 中宿

利根川下流域の低地、JR成田線大戸おおと駅の北方に所在した前方後円墳。墳丘長は約六〇メートルであったといわれる。家屋増築のために墳丘を削平した際、中国製鏡破片・石枕・直刀・鉄鉾・鉄鏃・衝角付冑片・挂甲小札・馬具(f字形鏡板付轡・剣菱形杏葉・馬鐸)・格子状鉄製品などが出土、六世紀前半代の首長墓とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 馬鐸 推定

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む