禅昌寺山古墳(読み)ぜんしようじやまこふん

日本歴史地名大系 「禅昌寺山古墳」の解説

禅昌寺山古墳
ぜんしようじやまこふん

[現在地名]佐原市大戸川 中宿

利根川下流域の低地、JR成田線大戸(おおと)駅の北方に所在した前方後円墳。墳丘長は約六〇メートルであったといわれる。家屋増築のために墳丘を削平した際、中国製鏡破片・石枕・直刀・鉄鉾・鉄鏃・衝角付冑片・挂甲小札・馬具(f字形鏡板付轡・剣菱形杏葉・馬鐸)・格子状鉄製品などが出土、六世紀前半代の首長墓とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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