福光城跡(読み)ふくみつじようあと

日本歴史地名大系 「福光城跡」の解説

福光城跡
ふくみつじようあと

[現在地名]福光町 荒町

あら町の栖霞せいか園敷地およびその周辺一帯にあったとされる石黒氏の城。文明一三年(一四八一)に起こった礪波郡一揆について記す「闘諍記」によれば、文明七年に加賀を追われて井波瑞泉いなみずいせん寺に拠っていた一向衆に対し、城主石黒右近光義は加賀守護富樫政親と結んでその掃討を図った。医王いおう惣海そうかい寺衆徒三〇〇余人なども石黒勢に加わって文明一三年二月一八日に井波に向けて出陣し、山田やまだ川の田屋たや河原(現福野町)で戦った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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