20世紀日本人名事典 「福岡縫太郎」の解説 福岡 縫太郎フクオカ ヌイタロウ 昭和期の漆工家 女子美術大学教授。 生年明治33(1900)年9月1日 没年昭和53(1978)年10月22日 出生地東京・日本橋 学歴〔年〕東京美術学校漆工科選科〔昭和3年〕卒 経歴昭和3年東京美術学校助手となり、5年ベルギー、フランス、ドイツに留学、助手を辞任。6年帰国、7年大阪府商工技手となり大阪府工業奨励館に勤務、15年商工省工芸指導技師、18年(社)大日本工芸会課長を務めた。戦後は27年工業技術院産業工芸試験所に勤務、35年退職。のち女子美術短期大学、東京芸術大学各非常勤講師などを経て、41年女子美術大学教授となった。代表作に彫漆額皿「海」、漆器パネル「幻想」、花クルス蒔絵盛器などがある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「福岡縫太郎」の解説 福岡縫太郎 ふくおか-ぬいたろう 1900-1978 昭和時代の漆芸家。明治33年9月1日生まれ。母校東京美術学校(現東京芸大)の助手,商工省技師などをつとめ,戦後は通産省技官。昭和41年女子美大教授。日本漆工協会理事をつとめ,蒔絵(まきえ)工芸の発展につくす。昭和53年10月22日死去。78歳。東京出身。号は萍哉(ひょうさい)。代表作に漆器パネル「幻想」。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by