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福森久助 ふくもり・きゅうすけ

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朝日日本歴史人物事典の解説

福森久助

没年:文政1.9.8(1818.10.7)
生年:明和4(1767)
歌舞伎狂言作者。前名玉巻丘次。俳名一雄。本姓金子。通称安宅の久助(安久)。江戸本所四つ目の薪問屋河内屋の子。勘当され,19歳で作者となる。同じ町人出身の作者初代桜田治助門下となり,25歳のとき,師の監督のもと夏芝居「女達高麗屋経緯」を書く。寛政8(1796)年,30歳で福森久助と改名,桜田の後継者として二枚目作者を勤め,文化2(1805)年11月に立作者となる。翌年より若手人気役者3代目坂東三津五郎付きとなり,5代目松本幸四郎付きの鶴屋南北と合作,「勝相撲浮名花触」の2幕目「白藤お俊」などを書く。文化9年11月からは,大久保今助が金主となって実現させた人気役者揃えの大一座の作者を勤めた。幇間の卜賀(狂言作者柳川忠蔵)と深く交わり,吉原芸者お駒を落籍するなど文人趣味を慕ったが,桜田の「天明ぶり」の鷹揚さを欠いた。「褄重噂菊月」「花雪和合太平記」など濃厚で華やかな色模様の場面を売り物にし,清元の「其小唄夢廓」など浄瑠璃所作事にも傑作が多い。有力な門弟が育たず,のちに名跡復活で2代目,3代目が生まれたが大成しなかった。

(古井戸秀夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の福森久助の言及

【絵本合法衢】より

…通称《立場の太平次》。4世鶴屋南北,福森久助,2世桜田治助の合作。1810年(文化7)5月江戸市村座初演。…

【鯉つかみ】より

三升屋二三治(みますやにそうじ)著《紙屑籠》に〈始て水船にて作り物の鯉をつかひしは,元祖菊五郎より始りて,親松緑(初世松助)つたへて梅幸(3世菊五郎)へゆづる〉と記すように,元来は尾上家の〈家の芸〉として伝えられた。脚本としては,福森久助,2世瀬川如皐(じよこう)作,1813年(文化10)7月中村座初演《短夜仇散書(みじかようきなのちらしがき)》の〈真崎稲荷の場〉で3世菊五郎の大工六三郎が鯉つかみを演じたのが著名。近代では大阪の市川右団次親子が得意芸とした。…

【其小唄夢廓】より

…2幕。福森久助作。1816年(文化13)正月江戸中村座初演の《比翼蝶春曾我菊(ひよくのちようはるのそがぎく)》の二番目序幕,二幕目が後世に残ったもので,その地に使われた清元の浄瑠璃名題が狂言の名題として伝わった。…

【其往昔恋江戸染】より

…通称《八百屋お七》《天人お七》。福森久助作。1809年(文化6)3月江戸森田座で,お七を5世岩井半四郎,吉三郎を尾上栄三郎(のちの3世菊五郎),紅屋長兵衛を沢村四郎五郎,土左衛門伝吉を3世坂東三津五郎らが初演。…

【謎帯一寸徳兵衛】より

…1811年(文化8)7月《玉藻前尾花錦繡(たまものまえおばなのにしきえ)》の二番目世話狂言として江戸市村座で初演。4世鶴屋南北と福森久助の合作。大島団七を5世松本幸四郎,一寸(いつすん)徳兵衛を3世坂東三津五郎,お辰・お梶を5世岩井半四郎ほか。…

※「福森久助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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