秋常村(読み)あきつねむら

日本歴史地名大系 「秋常村」の解説

秋常村
あきつねむら

[現在地名]寺井町秋常

末寺まつじ村の東、手取川下流南岸に位置。建仁元年(一二〇一)七月二〇日の介某(板津成景か)譲状案(石清水文書)重友しげとも保の四至のうち「東限秋恒」とみえる秋恒は当地のことで、能美庄に含まれていたとみられる。村名は中世の名に由来するものであろう。

江戸時代は加賀藩領であったが、寛永一六年(一六三九)から万治二年(一六五九)までは越中富山藩領。正保郷帳によれば高七三一石余、田方三九町四反余・畑方三町五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では高七三二石、免四ツ一歩、小物成は山役二九匁(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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