稲倉峠(読み)ひなぐらとうげ

日本歴史地名大系 「稲倉峠」の解説

稲倉峠
ひなぐらとうげ

松本藩領岡田組の稲倉村と、会田(あいだ)組の七嵐(ななあらし)村(現東筑摩(ひがしちくま)郡四賀(しが)村)を結ぶ峠で、東に戸谷(とや)峰(一六二九メートル)、西に刈谷原(かりやはら)峠がある。

この峠は「延喜式」所載の覚志(かがし)駅から錦織(にしごり)駅に向かう峠で、標高は一〇五二メートル余、稲倉城山の西の谷を経て山頂に達する。七嵐側には道端に須恵器窯の跡がある。「信府統記」には「七嵐村ヨリ此方ニ稲倉峠アリ、稲倉峠山ハ壱岐守(水野家の分家)ト入会、地境ハ白張山ナリ、(中略)七嵐村ヨリ二里三十六間、内七嵐ヨリ峠ノ峰マデ二十丁二十九間、峠ヨリ稲倉村マデ十五丁五十七間」とある。この峠の西に仇坂(あださか)峠があり、稲倉から道が分れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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