稲土村
いなづちむら
[現在地名]青垣町稲土
中央を佐治川(加古川)の支流稲土川が流れ、西は文室村、北は栗ヶ峰(六二九・三メートル)、東は大箕山(六二六・三メートル)。慶長三年(一五九八)織田信包(柏原藩)領となる。正保郷帳に村名がみえ田高二六五石余・畠高六四石余、柴山・林・はえ山あり、日損・水損少しあり。柏原藩領。慶安三年(一六五〇)幕府領、元禄一一年(一六九八)から旗本永見・同能勢の相給となる(「寛政重修諸家譜」など)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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