稲毛村(読み)いなげむら

日本歴史地名大系 「稲毛村」の解説

稲毛村
いなげむら

[現在地名]稲毛区稲毛一―三丁目・稲毛台町いなげだいちよう稲毛東いなげひがし一―六丁目・小仲台こなかだい一―二丁目・同六―八丁目・稲岡町いなおかちよう黒砂くろすな四丁目・稲毛町

現稲毛区域の西部にあり、江戸湾に近く房総往還が通る。南北朝期(暦応四年頃)の七月一九日付そあミふつ書状(金沢文庫所蔵花厳宗信解安心要文集下裏文書)に「そあミふつも同まいりのいてたち□候ハんために、いなけと申候ところ□まかりくたり候か」とみえる。「いなけの一本松(千学集抜粋)、「いなけのまつ山」(国府台戦記)と海岸沿いの台地縁辺に松の植生していたことがうかがわれる。永禄七年(一五六四)国府台合戦の折、上総土気とけ(現緑区)酒井胤治・康治父子および山辺やまべ郡の家人らが、敗走する里見義弘を援助して稲毛浦で後北条軍と戦ったという(土気古城再興伝来記・土気城双廃記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

企業の退職を希望する従業員本人に代わって退職に必要な手続きを代行するサービス。依頼者と会社の間に入ることで円滑な退職をサポートするとともに、会社への連絡などを代わりに行うことで依頼者の心理的負担を軽減...

退職代行の用語解説を読む