20世紀日本人名事典 「稲田正純」の解説 稲田 正純イナダ マサズミ 大正・昭和期の陸軍中将 生年明治29(1896)年8月27日 没年昭和61(1986)年1月24日 出生地鳥取県 学歴〔年〕陸士〔大正6年〕卒,陸大〔大正14年〕卒 経歴昭和4年フランス駐在となりフランス陸軍大学に留学。13年参謀本部作戦課長としてノモンハン事件の処理に当たり、太平洋戦争勃発当時は第5軍参謀副長。その後南方を転戦、敗戦時は本土決戦の主戦場に予定された九州地区の第16方面軍参謀長。21年4月九大における捕虜の生体解剖事件と敗戦時の米軍機乗員の捕虜殺害事件の責任を問われ、B級戦犯として巣鴨拘置所に収容、26年釈放。その後電源開発嘱託、日米石油役員など務めた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲田正純」の解説 稲田正純 いなだ-まさずみ 1896-1986 大正-昭和時代前期の軍人。明治29年8月27日生まれ。昭和4年フランス陸軍大学校に留学。13年陸軍参謀本部作戦課長,16年少将。19年ニューギニア戦線で玉砕せず後退したため,2ヵ月の停職処分となる。翌年陸軍中将。戦後戦犯にとわれ26年まで服役。昭和61年1月24日死去。89歳。鳥取県出身。陸軍大学校卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「稲田正純」の解説 稲田 正純 (いなだ まさずみ) 生年月日:1896年8月27日大正時代;昭和時代の陸軍軍人。陸軍中将1986年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by