穂波村(読み)ほなみむら

日本歴史地名大系 「穂波村」の解説

穂波村
ほなみむら

[現在地名]大栄町穂波

はら村の南に位置し、由良ゆら川を挟んで西はしま村。当地を開いたとされる河野家は伊予河野氏の一族で、毛利氏に攻略されて小早川氏の家臣となり、毛利氏が伯耆を領有したとき海賊取締役として天正六年(一五七八)当地に八町歩を給せられて土着したとされる。「在方御定」享保四年(一七一九)一〇月一五日条に村名がみえ、由良村までの川船による道法は三三町一〇間、御蔵への年貢米搬送に要した運賃は一俵につき四合であった。同一九年の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」によれば高二八〇石、竈数一四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む