穴内城跡(読み)あなないじようあと

日本歴史地名大系 「穴内城跡」の解説

穴内城跡
あなないじようあと

[現在地名]安芸市穴内

穴内川河口に接した台地にあった安芸氏の出城で、穴内川をさかのぼり、稗尻(ひえじり)を通って安芸城の背後へ出る間道の入口に位置する。西に八流(やながれ)砦、東に新庄(しんじよう)城があり、攻撃に備えた何段もの防備陣の一つである。

築城の時期は明らかでないが、安芸一帯を支配下におさめていた安芸氏は、戦国時代香美郡東部に勢を伸ばし、土佐中央部の豪族に備えて出城を築いていた。弘治元年(一五五五)の寺尾内蔵助宛安芸元盛書状(蠧簡集拾遺)に月日に疑問があるが、「為穴内番手申付候、涯分之心懸可為此時候、於堺目愁訴候哉無相違可申付候者也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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