穴堰(読み)あなせき

日本歴史地名大系 「穴堰」の解説

穴堰
あなせき

秋田市濁川にごりかわ地内でいずみ堰の水を分水し、天徳寺てんとくじ丘陵を西にトンネルで掘り抜き、北東から南西にまっすぐに泉地域を通る灌漑用水。「梅津政景日記」寛永元年(一六二四)五月二六日条に「にごり川(濁川)よりかんだ(神田)山境を御堀被成、泉関すぐにかん(神)田・八柳・寺内・川尻迄御通可被成置、地形被御覧置候間、拙者罷越、見申候へと被仰付候間、今朝大工壱人召連、さげすま(下墨)せ申候」とある。

佐竹義宣濁川神田かんだ(現外旭川そとあさひかわ間の台地に穴堰を掘り抜き、泉堰の水を分水して、神田村より久保田くぼたの北部から西部にわたる農村の灌漑用水の確保を期したが、貫通の時期は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報