立教館跡(読み)りつきようかんあと

日本歴史地名大系 「立教館跡」の解説

立教館跡
りつきようかんあと

[現在地名]桑名市伊賀町

桑名藩の藩校は松平(久松)定綱が寛永一二年(一六三五)に城内の朝日(あさひ)丸に学構を設けたのに始まる。のち同家は越後高田(たかだ)(現新潟県)、次いで奥羽白河(しらかわ)(現福島県)へと移封した。白河藩時代の藩主定信により白河藩校「立教館令条」が定められ、教育制度の確立をみた。定信の子定永が文政六年(一八二三)桑名藩に復封されるとともに、藩校を伊賀(いが)町に置き、白河藩当時と同じく「立教館」と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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