立神峡(読み)たてがみきよう

日本歴史地名大系 「立神峡」の解説

立神峡
たてがみきよう

[現在地名]宮原町立神

泉(いずみ)村に発する氷(ひ)川が、竜峰(りゆうほう)山系の断層に流入して浸食された石灰岩の大岩壁。立神のカラタキ(空滝)ともいう。「国誌」に「高四十五間、横百三十間、懸岸壁ノ如ク白岩崔嵬タリ、直下ハ氷川ノ淵也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の立神峡の言及

【宮原[町]】より

…産業の中心は農業で,西部の低地ではイグサと米,山寄りの地域では晩白柚((ばんぺいゆ))など,かんきつ類の栽培が盛んである。渓谷美で知られる氷川の立神(たてがみ)峡には鍾乳洞もあり,五木五家荘県立自然公園に含まれている。【松橋 公治】。…

※「立神峡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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