立花湊(読み)たちばなみなと

日本歴史地名大系 「立花湊」の解説

立花湊
たちばなみなと

[現在地名]美濃市立花

江戸時代より立花村本郷にあった長良川の川湊。川並役所・立花渡もあった。「濃州徇行記」は上有知(こうずち)湊二〇艘に対して「当村に船三〇艘ほどあり」とし、「船庄屋を幸次郎と云、船荷物を郡上の大矢村、下田村あたりにて仕立、上有知まで乗下るなり、此荷物は白木・木地・天井板の類なり」と記す。長良川役所(現岐阜市)の船役銀帳(西川文書)によれば、幕末期の立花村舟主数の急増が目立っている。

慶安三年(一六五〇)尾張藩によって立花村に設置された川並役所は立花役所と称され、取締役には又兵衛が命ぜられ、拾木がある場合は円城寺(えんじようじ)役所(現羽島郡笠松町)へ報告することになった(尾張地方古義)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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