竹下佳江(読み)たけした よしえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹下佳江 たけした-よしえ

1978- 平成時代の女子バレーボール選手。
昭和53年3月18日生まれ。ポジションはセッター,身長159cm。平成8年NECレッドロケッツに入団。翌年全日本代表。14年NECを退社して一時バレーボールから離れる。同年JTマーヴェラスに入り,前年V1リーグ(現・チャレンジリーグ)に陥落していた同チームをVリーグ(現・プレミアリーグ)昇格にみちびいた。16年アテネ五輪(5位)出場。17年全日本代表キャプテンとなり,18年の世界選手権(6位)ではMVPに選ばれた。20年長期活躍選手としてVリーグ栄誉賞を受賞。同年北京五輪に出場し5位入賞をはたす。22年世界選手権に出場し銅メダル。23年ワールドカップ・ベストセッター賞。24年プロ野球選手・江草仁貴と結婚。同年ロンドン五輪に出場し,五輪で日本女子バレー28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得。25年日本バレーボール協会理事。福岡県出身。不知火女子高(現・誠修高)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

タレントデータバンクの解説

竹下 佳江


芸名
竹下 佳江

性別
女性

生年月日
1978/03/18

星座
うお座

干支
午年

血液型
A

出身地
福岡県

身長
159cm

職種
スポーツ/話す仕事

プロフィール
身長159cmとバレーボール選手としては小柄でありながら、勝負どころで鋭い判断能力と俊敏な動きからの正確な高速トスで“世界最小最強セッター”と称され、全日本女子バレーボール代表を牽引した。1996年不知火女子高等学校(現・誠修高等学校)からVリーグの「NECレッドロケッツ」へ入団。入団後、徐々に頭角を現し、全日本代表入りを果たす。2000年シドニーオリンピック予選で敗退、オリンピック出場を逃し、所属していた「NECレッドロケッツ」を退団し、一線を退いた。しかし、バレーボールへの思いを諦めきれず、2002年に「JTマーヴェラス」に入団し、全日本代表にも復帰を果たす。2004年、当時の現役女子選手では唯一のプロ宣言をし、初のオリンピックとなるアテネオリンピックで5位入賞。2005年より全日本女子の主将を務め、名実ともチームを牽引する中心選手として活躍する。2010年世界バレーにおいては、日本の32年ぶりのメダル獲得に貢献。2011年「JTマーヴェラス」でV・プレミアリーグと黒鷲旗の2冠を達成。同年のワールドカップではベストセッター賞と個人賞に輝く。2012年、3大会連続となるロンドンオリンピックに出場し、悲願のメダルを獲得する。日本バレーボール協会理事に就任し、オリンピック終了後、約1年休養ののち、引退を表明。現在は、バレーボールの普及や貢献活動に力を注いでいる。

代表作品
NHK『ディープビープル』 / 毎日放送『亀山つとむのかめ友 Sports Man day』 / 本『竹下佳江 短所を武器とせよ』(著・吉井妙子)

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