竹原峠
たかはらとうげ
現矢部村の南東部にある峠。国道四四二号が通る。標高約七五〇メートル。古くから筑後国と豊後国を結ぶ要路であったが、九十九折の険阻な峠道であった。南北朝期から戦国期にかけて大友氏の矢部侵攻がしばしば行われた。応永二九年(一四二二)五条頼経が豊後国中津江(現大分県中津江村)の天満宮の分霊を勧請、北矢部の宮ノ尾に老松天満宮を祀るなど(寛文十年寺社開基)、峠越えの交流がみられた。
貞享元年(一六八四)北矢部の柴庵より豊後国梅野村(現中津江村)に通じる豊後別路(川沿新道)が開かれた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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