竹島古墳(読み)たけしまこふん

日本歴史地名大系 「竹島古墳」の解説

竹島古墳
たけしまこふん

[現在地名]新南陽市大字富田 竹島

徳山湾を東西に二分する仙(せん)島の西方、人工による陸繋島の竹島にあり、御家老屋敷(ごかろうやしき)古墳ともよばれる畿内系の前方後円墳。竹島は造成されて陸化する以前は花崗岩の小島で、標高二八メートルの丘頂に前方部を北に向けて造営されており、このほかこの島に二基の円墳と箱式石棺一基がある。

墳丘の全長は五八メートル、後円部の径四〇メートル、その高さ七メートルで、前方部前端の幅は二八メートル、墳丘の全面が葺石で覆われている。

明治二一年(一八八八)竹島の住民が発掘し、劉氏作画像鏡・天王日月四神四獣鏡・三角縁神獣鏡各一面の舶載鏡をはじめ、白銅質の銅鏃二六本、素環頭太刀一口、鉄剣二口、鉄斧一個を掘り出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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